言葉紡いで

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 三年ほど前のある日、親しい友人から「俳句の勉強を一緒にやらないか」との誘いを受けました。以前から俳句や短歌を作ってみたいなという思いはあったのですが、なかなかきっかけがなく、その思いは心の隅に追いやられていました。聞けば、先生もおられて、本格的な指導が受けられるということで、もちろん二つ返事で参加を決めました。

 ほかにも、呼びかけに応じて、すでに嗜みのある人はもちろん、今まで俳句などとはおよそ無縁だったような人も名乗りをあげて、ユニークなメンバーが集まりました。

集まる日にちが二十四日と決まっていることから、「二四句座(によんくざ)」という名前も決まりました。先生から、「とにかく五七五で作ってきてください」という最初の宿題を受け、四苦八苦しながらひねり出した作品を持っての初句会となりました。

初めての私たちは、先生の言われるままに短冊に自分の作品を書き、全員が書きあげたところで、今度はその短冊をシャッフルして一人ひとりに配り、割り当てられた句を清書します。こうして、誰が作ったのかが筆跡では読み取れなくなったみんなの句を全員が読んで、その中から自分の好きな句に投票します。先生からは、丁寧な講評や俳句の決まりごとの初歩の初歩を教えていただき、最後には今日の特選が決まるという具合です。

ちなみに、初句会のために一生懸命考えて作り上げた私の自信作は、先生から見事に「季重なり」の指摘を受けました。なんと五七五の三つとも季語だと教えていただき、勉強不足に顔が赤くなりました。

さて、こうして俳句を作り始めてみると、毎日の生活を見つめる目が変わってきたのを感じます。

例えば、何気なく空を見上げて、

 「空高く グラディエーション 秋の雲」

また、真冬の凍てつく手に息を吹きかけながら、

 「寒風(かんぷう)も 大いなる守護 前を向く」

さらには、いつも穏やかに家族の中心にいる母には、

 「九十の 母の襟元 赤ショール」

身の回りが、どれほど親神様のご守護にあふれていることかと感動し、家族のありがたさが今まで以上に身に沁みて、そんな自分の心をどんな言葉に託すのか。五七五というたった十七文字であれば、一文字すらも無駄にはできません。

大切に大切に言葉を紡ぐ作業は、私の性に合っていたようで、俳句に出会えたことを今、心から嬉しく思っています。

そしてもう一つ、言葉を紡ぎ出すことに魅力を感じる私の性分が、もしかしたら里の母親譲りなのかもしれず、こんなところにも親子のつながりを見つけられたことが、また一つ喜びとなっています。

とはいえ、その里の母が、ずいぶんたくさんの短歌を作っていたことを、私たちきょうだい三人が知ったのは、里の父が亡くなった時の出来事からでした。

父が亡くなったのは平成14年、82歳でした。葬儀の日、母は父の棺に二つ折りの便箋を入れました。そばにいた兄がそっと開いてみると、

 「むなひもの 二つ一つに むすばれし

  共にあゆまむ この道の道」

 「何みても 面影うつる わがこころ

  教祖(おや)のおしえを 守りてゆかん」

父への惜別の歌でした。私たちきょうだいは、母が歌を詠むことを、この日はじめて知りました。

やがて、父の死から五年、母も亡くなりました。遺品を整理していた兄が、母がいつも座っていた机の下に、孫たちの使い古しのノートが積まれているのを見つけました。開いてみると、中には晩年、手を動かしづらくなっていた母が、一字一字刻み込むように書きつけた歌の数々がありました。

 「しづかなる 風のごとくに ゆきませし

  なにをか言わん 君の心は」

 「身をもって 教えてくれた たんのうの

  ゆきても消えじ 宝なりけり」

 「しるしたて 墓どころにぞ おさまりぬ

  胸をわかちて 一人さびしき」

 「たたまれし 紋付はかま 召しませし

  来世までも 陽気づとめを」

 「お茶すすり 無言の会話 むなしけり

  胸から胸へ 心かよはす」

 父が亡くなってからの五年間、母は父への思いを歌にすることで、無言の会話をしていたのかもしれない。そう思うと、生前の心の通い合う両親の姿が、ふつふつと目の前にあらわれてくるのでした。こんな両親のもとで育てられた私は、なんと幸せ者だろうかと、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 母の歌の中に一首、これはきっと私のことを詠んだ歌だと直感したものを見つけました。

  「娘まつ ゆらぐともしび 消えもせで

   会いしひと時 しずかにねむる」

 ジーンときました。嫁がせた娘の安否を気遣いつつ、会えるひと時をどんなにか楽しみにしてくれていたのだろうと思う時、嫁ぎ先の岐阜からおぢばまでは帰ってきても、ひと足延ばして、同じ奈良県内に住む里の両親に顔を見せるだけの余裕がなかったことが、心から悔やまれました。

なんにせよ、専門的なことはさておいて、母の歌は、時にしんみりと、時にほのぼのと、私の心を温め、励ましてくれ、そして何年経っても、読めば涙がにじみます。

 ありがとう、お母さん。三十一文字(みそひともじ)に、今も育てられている私がいます。

 磨かれた言葉には、人をつなぎ、人を育てる大きな力があることを、あらためて感じることができました。磨かれた言葉とは、ひと言ひと言にこもる真実の心から生まれ出るものだと、最近強く思っています。日常の何気ない言葉にも心を込めていけば、その周りには、きっと明るい陽気が生まれてくることでしょう。  身近な夫婦だから、家族だからこそ、心を込めた言葉でつながり合っていきたいものですね。天理教教祖・中山みき様が教えてくださった「陽気ぐらし」とは、そうした日常のひとこまにあふれているものです。


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