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ストレスがトマトを育てる

静岡でトマトを栽培しておられる鈴木さん宅にお邪魔したときのことです。床暖房のきいたリビングに、大きなコンテナが積み上げられていました。何だろうと中をのぞいてみると、まだ青いトマトがいっぱい詰まっていました。

「今回のトマトはもう終わりでね。普段は木で赤く熟したものを出荷しているんですが、畑を調整するために、青いのも全部収穫したんです。こうしてしばらく置いておくと、赤く色が差してくるんですよ」と、後ろから声がしました。なるほど、二段目、三段目とコンテナを見せてもらうと、赤くなったトマトも見受けられます。

 鈴木さんの話は続きます。

「このトマトのてっぺんの皮が、ちょっと黒くかたくなっているのがあるでしょう。こういうトマトは甘いんです。実はね、これはトマトのストレスなんですよ」。トマトにストレスなんてあるんですか?初めて聞きました。研究熱心な鈴木さんの話は、これだから面白いんです。

「植物は、みんな根っこから水分を摂取して生きていますね。だからといって、さあさあ飲んで飲んで、というように水分を十二分に与えれば立派な甘いトマトができるかというと、どうもそうではないのです。生きていけるギリギリのところまで、水分をコントロールして少なくしていったほうが、美味しいトマトになるんです。

 水が足りない、水がほしいというトマトの叫びがストレスとなって表れたのが、この皮のかたいところなんですよ。でもね、商品として出すからには、皮もキレイなつるんとしたトマトでないと売れません。だから、私はストレスが表に現われてくる寸前の水分コントロールを目指して、毎日トマトを眺めているんですよ」。

 なるほど、スーパーで少しでもきれいで形のよいトマトを探している私とは、目の付け所が違うのですね。

 さて、鈴木さんの話はいよいよ佳境に入っていきます。

「人間だって同じですよね。小さいときから欲しいものは何でも与えられ、なにをしても許されて育った子どもは、何か困難に出会ったとき、思い通りにならないといって、すぐに挫折してしまうかもしれません。頑張る力が育っていないのです」。

鈴木さんの話に同調して、隣りにいる夫も話し始めました。

「仰るとおりですよ。先日、大リーガーのイチロー選手が大きな記録を達成しましたが、彼は小さい頃、野球の練習をしていると、近所の人から『プロ野球選手にでもなるつもりか』と笑われていたそうですね。その彼が、屈辱をバネに努力をして、晴れてプロ野球選手になり、成功を収めた。大リーガーとなってアメリカへ渡ってからも様々な困難があったでしょうが、彼は、毎日毎日の小さなことに力を抜かずに練習を積み重ねたことが、成功につながったのだと言っています。彼のインタビューはいつも人の心を打ちますね。それは、努力した人間だからこそだと思うのですよ」。

二人の興味深い会話に耳を傾けながら、ふと気がついたことがありました。それは、鈴木さんのトマトにもイチロー選手にも、彼らの周りには、彼らを見守る応援団がいたということです。

トマトには、ぎりぎりの水分コントロールをする鈴木さんの、温かくも異変を見逃さない厳しい眼差しがありました。イチロー選手にも、ときに彼の苦しさに共感しながら、彼のぶれない人生観が創り上げられるまでに導いた家族の存在があったと思うのです。さらには、熱心なファンの存在も励ましになったであろうことは、言うまでもありません。

翻って、わが家の里子たちはどうだろうかと思いを致しました。

わが家では、親からの虐待や育児放棄などで、親とともに暮らせない子どもをお預かりしています。里子として出会う子どもたちは、表面上は普通の子と何ら変わりはなくても、心に深い傷を持っていて、それが学校生活や友だちとの関係にも影を落とします。

しかもその傷が、本当なら子どもたちを守ってくれる存在であるはずの親から傷つけられたり、無視され続けたりすることに原因があるとすれば、どれほど辛いことでしょう。里親としてともに暮らす私たちは、子どもたちの心がこれ以上折れないように、また折れた心も少しずつつながってくれるように、気を配り心をかけて育てていこうと誓っています。

それとともに大切なのが、実親支援であると考えるようになりました。里親として駆け出しの頃には、実親に対して「なんという親だろう」と、少なからず不信感を抱くこともありました。しかし、じっくりと話を聞いてみると、彼ら自身が親となる以前に、親に育てられる「子ども」という時代を過ごしていないのだと気がついたのです。

彼らには、実親たちにも愛されていると感じる体験が必要だと思いました。今の私の願いは、里子とその親たちも一緒に、わが子わが家族として応援していくことです。頑張ろうとする力は、頑張れと応援してくれる人がいてこそ、強く、大きくなるものだと思うからです。

「さあさあ、食べてみてください」。鈴木さんの奥さんが、少し冷えたトマトを切ってくださいました。もちろん、先っぽが黒いあのストレストマトです。 美味しいトマトをいただきながら、トマトにわが家の里子たちの未来を重ね、「傷ついても大丈夫。私たちがずっと見守っているよ。だから、少々のストレスがあっても、それをバネにして成長してくれる子どもたちでいてね」。そんな願いを託しました。


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