母の一大事

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「おばあちゃん、見て。大きいおばあちゃんの似顔絵描いたよ。そしてこれはね、バースデーケーキ!」

 わが家は、親、子、孫、ひ孫の四世代家族です。孫たちは、曽祖母にあたる母のことを「大きいおばあちゃん」と呼びます。

 母の誕生日を前にして、孫たちが誕生日プレゼントを作ってくれました。似顔絵はよく描けているし、紙箱を何段も重ねたバースデーケーキは、ろうそくも飾られた、高さ40センチほどの大作です。折り紙を使っての長い輪飾りもできました。

 みんなで母の部屋に持っていくと、母は手を叩いて大喜びです。ワイワイガヤガヤ飾りつけを済ませると、一気にお部屋が華やぎました。

 つい先日まで元気だった母は今、一日中をこの部屋で過ごしています。事の起こりは突然にやってきました。

 半年ほど前から毎晩、お風呂好きの母と一緒にお風呂に入るようになりました。90歳を超えた母ですから、足下もおぼつかなくなってきて、一人でお風呂に入っている間にもし何かあったら大変だと、急に心配になってきたからです。

 その日も、いつもと同じように体を洗ってあげて、一緒に湯船につかろうとひと足先に動き出した私の目の前で、湯船の縁にかけたはずの母の手がつるりと滑って……。あとは、スローモーションビデオを見ているように、母の体が落ちていき、「痛い!」という声とともに、どさっと洗い場に転倒してしまいました。

「大変なことになってしまった……」。何とか眠りについてもらうまでの長かったこと。翌日、かかりつけの病院を受診すると、先生からは「肩の骨が折れているねえ」と、気の毒そうな声。恐れていたことが現実となりました。

 何でよりにもよって、こんな時期に起こってくるんだろう。あの時、お風呂の縁を乗り越えるまで見届けていれば、こんな事にはならなかったのに……。しかし、その反省以上に、私の心には、どうにも仕様がない不足の心がむくむくと芽生えてきました。

 というのも、三年も前から予定していた、奈良県天理市にある天理教本部にお参りする日程が、ついそこまで迫っていたからなのです。

今年の1月26日は、天理教を信仰する私たちにとっては、教祖130年祭というとても大切な日で、93歳になる母も久しぶりに「おぢばがえり」できることを、ことのほか楽しみにしていました。

一年でいちばん寒い季節のこととて、事前に風邪をひかないように、また、足を痛めないようにと体調管理に努めていました。さらには出かけ先での不測の事態に備えて、あれこれと想像を巡らせながら準備を重ね、あとはその日を待つばかりというところまで来ていたのに、予期せぬ出来事にすっかり気持ちが沈んでしまいました。

「あぁ、これはもう母を連れていってあげられないな」そう思っていたのですが、当の母は、服を着るときもご飯を食べるときも、痛そうに顔をしかめているのに、絶対に行くという信念か、弱音を吐きません。

 ありがたいことに協力者がいっぱいできて、同行してお世話をしてもらえることになりました。病院の先生も、「気をつけて行ってらっしゃい」と後押ししてくださったおかげで、母の念願をかなえてあげることができました。

 当日は、大寒波の予想が見事に外れ、ぽかぽかと春のような陽気で、車いすの母を先頭に、私たち一行は心嬉しく参拝することができました。

 さて、日は流れ、肩の骨折も少しずつ回復して、「自分でご飯を食べられるようになったね」と、喜んでいた矢先のこと。母がまた「痛い!」と声をあげました。何事かと思っていると、今度は足を骨折していました。

 病院の先生の話によると、骨粗しょう症で骨がもろくなっている母なら、ふとした弾みでさえ起こりうることなのだそうです。弱り目に祟り目とはこのことかと思えるぐらい、何日も経たないうちに次々と病気があらわれ、母はあれよあれよという間に、立つことも座ることも人の手を借りる生活になってしまいました。

 高齢の母と生活していれば、いつかはこんな日もくるだろうと漠然と心の準備をしてきたつもりでしたが、いざ現実となってみると戸惑うことばかりです。

 例えば、ベッドから身を起こすという何気ない動作でさえ、どうすれば痛がらずに起こしてあげられるだろうかと、母の表情を見ながら試行錯誤の毎日です。また、少しでも筋肉を落とさないように、本人が出来ることには手を出し過ぎず、じっくり待つことも介護の一つと思えるようになりました。小さなことかもしれませんが、自分がその場に立ってみて初めて分かることがあるのですね。

 以前、知り合いの方で、何年もの間、一人で家族の介護をしている方がおられました。私も毎月顔を出して、様子を尋ねたりしてはいましたが、どんなにか大変だったろうなと、何も力になれなかったことが改めて悔やまれました。

とにかくもう一度母に元気になってもらいたい。今、家族みんなが同じ思いで母に寄り添えることを、心からありがたく、嬉しく思います。私自身が母のお世話をするのはもちろんのことですが、母の部屋へ行くのが楽しいと、みんなが集まってくるような、そんな雰囲気作りも私の役目だと思えてきました。

振り返れば、あの時、肩の骨折だけで済んだから、おぢばがえりが出来たのです。もし足も一緒に骨折していたなら、とても叶わない夢でした。困ったなぁと思える出来事の中にも、神様は必ず喜べることを与えてくださっていると気づくことができました。

神様、ありがとうございます。

これからも、家族の心を一つにして、母が笑顔でいられるように頑張っていきます。


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