吉福 成人

岐阜市にある天理教濃飛分教会の教会長をしています。天理教YouTuberとして天理教の教えや活動を分かりやすく紹介しています。また、天理教本部見学ツアーを不定期で開催しています。「天理教四世五世」というコンビ名でM1グランプリに挑戦しています。

2020/5/8

根っこの物語

 ぽっかりと浮かぶ雲に、夏を感じています。桜、ボタン、つつじと、今年もきれいに咲いてくれた花々がひと段落し、わが家の庭は青々とした緑がまぶしく感じられます。そして、草取りが本格化するのもこの頃で、長袖シャツと大きな帽子は必需品です。  毎年抜かれる運命の雑草たちですが、年とともに愛おしさを感じるようになりました。電気コードぐらいの細さの雑草は、ひょろーっとしながら30センチも40センチも伸びていきます。芯もあり、幅もある30センチ物差しを地面に立ててみても、こんなにうまくは立ちません。雨が降っても風に吹か ...

2020/5/8

幸せの真っ赤なポスト

 長男夫婦と二人の孫たちがアメリカに渡って二年が経ちました。寂しい思いはありましたが、近況を知らせてくれる嫁の手紙は、今では大きな箱いっぱいになっています。  出発の時にはまだ片言しかしゃべれなかった孫たちも、おしゃべりができるようになり、幼児特有のおもしろ発言を連発している様子も逐一報告してくれるので、毎日ポストを開けるのがとても楽しみです。  ほかにも息子からのビデオレターや、孫たちのテレビ電話など、忙しい仕事の合間にも私たち親に気遣いをしてくれていることを、心から嬉しく感じます。  さらに最近では、 ...

2020/5/8

野点の心

昨年、娘が台湾へと旅立ちました。天理教の台湾での拠点となる「台湾伝道庁」で勤めることになったからです。海外といっても、近頃ではインターネットのおかげで、毎日の様子が手に取るように分かります。 先日も娘のブログを読んでいて、ふと目に留まったところがありました。 5月某日 今日は朝から、お世話になっている伝道庁長ご夫妻にお茶を点てさせていただきました。先生は午前中から大切な会議があって、とてもお忙しいはずなのに、「忙しい時こそ落ち着くために」と仰り、おかげで台湾に来て、はじめてお手前をさせていただくことができ ...

2020/5/8

託す

毎年冬になると、私の使っているタンスの一番下の引き出しが閉まらなくなってしまいます。力を込めて押してもびくともしません。ところが水もぬるむ頃になると、自然と閉まるようになるのです。「あぁ、春が来た・・・」と感じます。待ち遠しい春です。 次男の結婚が決まりました。本当に嬉しく思います。 子ども達が小さい頃、「どうか三人の子ども達が揃ってお道を通ってくれますように」と、それが私たち夫婦の願いでした。子ども達の成長に合わせて夫婦で話し合い、どうすれば願いに近づけるかと、時には軌道修正しながら私達も共に育ってきま ...

2020/5/8

贈る心

朝の冷え込みが一段と厳しくなってきました。冬枯れへと向かうこの季節、空気が澄んでいるからでしょうか、教会の門から仰ぎ見る岐阜城がいつもよりくっきりと近くに迫って見えます。 ここ数年、毎年この時期になると、一箱のミカンが届きます。お礼の電話を掛けながら、送り主の方との不思議な出会いを思い出し、話に花が咲きます。 ちょうど教祖百二十年祭に向かう年祭活動の真っ只中でした。四国の旧知の友達を介して電話をかけてこられたその方は、岐阜に住む従兄弟が重い病で入院していること、毎日お願いはしているものの遠く離れていて心許 ...

2020/5/8

依って立つ

高校三年生の里子は、大学入試を目前にしています。少々引っ込み思案で声が小さいのを克服し、面接対策に繋げようと、夕食後に音読を始めました。毎日10分くらいのことですが、努力の成果は目覚しく、随分大きな声が出るようになりました。今、読んでいるのは、「1リットルの涙」。難病と闘う少女の日記は聞いていても胸が押しつぶされそうです。だんだんと失われていく機能、今まで当たり前にできたことが、目に見えて出来なくなる過酷な現実。戸惑いと悲嘆の中で、懸命に前を向いて生きる姿は、形は違っても苦しい日々を生きてきた里子にも、き ...

2020/5/8

喜びも悲しみも 歌と共に

オカリナという楽器を知っていますか?土や粘土などをこね、焼いて作るのだそうですが、素朴な形がとても愛らしい楽器です。先日、婦人会の催しの中で、このオカリナのコンサートを知り合いの教会長さんにお願いしたところ、快く引き受けてくださいました。温かく心に沁みる音色で、様々なジャンルの音楽から、自作の曲までたっぷり一時間。日頃、生演奏など縁がない私には、至福のひと時でした。参加者にも大いに喜んでいただけて、やってよかったと思いました。 それにしても音楽には、人の心を励まし勇気づけたり、癒す大きな力があると思います ...

2020/5/8

南の島で考えたこと

ひのきしんスクールの御用で、初めて沖縄に行きました。到着したのがちょうど8月15日の終戦記念日で、毎年この日に開かれる「祈りと平和の集会」(沖縄で戦争の犠牲になった方々を宗派を超えて追悼する会)に誘っていただき、霊様方に献花を捧げてきました。また、その後は沖縄南部戦跡をあちこち案内していただきました。おかげでひめゆり部隊の手記や、沖縄の人なら誰もが知っているという太田海軍司令官の「沖縄県民カク戦エリ」という電文に出会い、自然と涙が溢れると共に、大きな衝撃を受けました。 64年を経た今、沖縄は美しい海と豊か ...

2020/5/8

家族の絆

もう十年ほど前のこと、次男が四国で大学生活を始めました。ちょうど携帯電話が急速に普及し出した頃のことです。「学生の身分で携帯なんて」と思っていた私は、次男が携帯を持つことに反対でしたが、結局は一年間のバトルの末、軍門に降ったのは私の方でした。持たせてみると、呼び出しを頼む手間もなく、直接連絡できる便利さは私にとっても有難かったのですが、何回かけても通じない時には、却って気を揉むハメになって心配の種になったりもしました。 同じ頃、長男は南アフリカに在住していましたが、時々出勤前に近況報告を送ってくれ、又運良 ...

2020/5/8

命を考える

八月はこどもおぢばがえり、学生生徒修養会と子どもたちと関わる行事が続きます。また、信者宅の講社祭も、日頃は学校や部活が忙しくて会うことの少ない子どもさんの参加があったりして、直接話が出来るうれしい機会となります。こういうチャンスを大切にして、何とか子どもたちに信仰が伝わるようにと努力しているつもりですが、一朝一夕にいくものではありません。講社祭でのお話は一方通行にならないよう、子どもたちと対話しながら進めていきますが、時には「おばちゃん、早く終わってよー」という可愛いブーイングにあえなく撃沈されることもあ ...

2020/5/8

小さき命

我が家に新しい命を授かりました。孫の勇人(ゆうと)です。命名を頼まれた主人は「勇んでお道を通る人」という自分のモットーを、そのまま名前にして贈りました。周りがどんなに騒がしくても平然と眠っているのは、やっぱり二男坊だからでしょうか。 一方、兄の成一は1歳8ヶ月。母胎内で肺の周りに水が溜まるという大きな身上が判明し、命も危ぶまれました。か細い産声でこの世に生まれ、その後4ヶ月余りも病院生活を送りましたが、お陰さまですっかり元気になり、今では誰に教わったでもないのに、泣いている勇人を「よしよし」とあやしたり、 ...

2020/5/8

水無月随想

六月は私の誕生月です。ところが私は小さい頃、六月があまり好きではありませんでした。一年中で六月ほど地味な月はありません。五月のゴールデンウィークと七月から始まる夏休みに挟まれて、国民の祝日が一つもない六月のカレンダーはいかにも殺風景で華やかさがありません。加えて六月といえば梅雨。雨が降り続く毎日、どんより曇った空に心まで沈んでしまいそうな気がしたものです。 ところで六月の和名「水無月」は、梅雨時は雨が降って天に水がなくなるからだと思っていたのですが、最近調べてみて、陰暦六月は梅雨が明けて田に水を引く月であ ...

2020/5/8

若葉の季節に

岐阜城を冠した金華山は岐阜市のシンボルです。教会の門からは真正面に仰ぎ見ることが出来、四季折々の変化が楽しめます。山は常緑樹が多いそうですが、春にはあちらこちらに霞みの雲がかかったように桜が咲き、五月を過ぎると、「岐阜市の木」ともなっている「ツブラジイ(どんぐりの木)」が一斉に薄黄色の花をつけて、山はその名の通り黄金色に輝きます。 さて、春は節目の季節。我が家では、末の娘が天理大学を卒業し、母校である天理高校の女子寮(歴史ある東寮が移転し、その名も新たにみのり寮となりました)の生活指導員としてお仕込み頂く ...

2020/5/8

『陽気』の思い出

小さい頃、多分小学三、四年生頃のことだと思います。学校から帰ると茶の間のテーブルの上には、いつも色々な本に混じって、「陽気」の本が置いてありました。・・・・・・ 里の亡き父は本が好きでした。時間があれば、日当たりのいい縁側に腰を下ろして、ちょっと猫背になりながら、本を読んでいた姿が今も目に浮かびます。「陽気」はそんな父がいつも読んでいたのでしょう。そして、それがいつからか小学生の私の愛読書になっていました。でも、ちょっと困ったことには、「陽気」を読むと、決まって鼻水と涙で顔がぐちゃぐちゃになるのです。そん ...

2020/5/8

育てればあなたの心も育ちます

『育てているつもりが育てられ』 先日、新聞のコラムに、「育む」(はぐくむ)という言葉の語源が、「羽含む」からきていると書かれていた。なんてきれいな響きなんだろう。日本語のもつ美しさには、時として感動させられる。古来、言葉に魂が宿ると信じられていたのもうなずける。親鳥がわが羽を広げてヒナ鳥を含むように包み込んでいる。そんな情景を想像するだけで、とてもやさしい気持ちになり、心がなごむ。鳥たちの慈しみ深いしぐさに、遠い昔の人たちは自分たちの子育てを重ね合わせたのだろうか。やがて成人し、独り立ちしていく様を「巣立 ...